即身仏と湯殿山総本寺瀧水寺大日坊について

念願の真如海上人様にご挨拶に行ってきました。

存在は知っていましたが、ある方が人生の苦行ブロック解除にお逢いしたという話を聞いて興味が湧き尋ねました。

感想から先に言えば、清らかな気持ちになりました。

さて即身仏ですが、「即身仏とは衆生救済を願い、厳しい修行のすえ自らの肉体をミイラにして残したお坊さんのこと」です。

即身仏

修行は木食修行(もくじきしゅぎょう)と土中入定(どちゅうにゅうじょう)という二段階になっています。木食修行は米や麦などの五穀、十穀を断って木の実などで命を繋ぎながら体の脂肪や水分などを落としていき、木食修行を終えると土中入定をします。これは地面に深さ3メートルほどの穴を掘ってそこに石室(いしむろ)を築き、更にそこへ呼吸のために節を抜いた竹筒の先が地上に出るようになっている木棺を入れ、その中に生きたままで入って埋められます。その中で断食をしながら鐘を鳴らしてお経を読み続けます。
その鐘の音が地上の人に聞こえなくなると、息が絶えたということで一旦掘り出され、すぐにまた埋められます。そうして1000日後(3年3ヶ月後とも)に再び掘り出されます。

はい。もうとてつもなくすごいことですね。

生前に漆を飲んで内臓を腐らないようにしていたとも言われてます。

ここまでして苦行の道を選んだ上人様に逢いたい想いがふつふつと。

幸いなことに全国にいらっしゃる上人様のうち約半分は山形県においでです。

それは山形の湯殿山山岳信仰が根強いためです。

即身仏といえば弘法大師空海の即身成仏義が始まりと言われてます。

その空海様も高野山の奥の院で即身仏として生きてらっしゃるそうです。

鶴岡までは約2時間。

まず目にする山門は茅葺屋根の仁王門に風神雷神、運慶作による仁王様がお出迎えしてくれます。三間一戸の八脚門としては日本最古の建築物だそうです。

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いかにも山形らしい景色です。

大日坊はかつて湯殿山が女人禁制だったために、湯殿山大権現をお招きし、 お沢八万八千仏を祀って女人の湯殿山礼拝所(湯殿山全てを祀る寺)として建立したのがこの寺の源であるとします。

女人の聖地だそうで着物をお召しになった綺麗な女性もいました。

また徳川家とも繋がる深い歴史があります。

あちこち徳川家の家紋が見られました。

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全国でも稀に見る大きさとその美しさが称えられる「宝筐印塔」。

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山形七福神の大黒様。

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写真撮影はNGですがご利益あるとのことで、大黒様だけ撮らせていただきました。

そして案内された奥の部屋にはしっかりガラスケースに管理された上人様がいました。

念願の真如海上人様は本当に『生きて』ました!!

ある人によれば恐いとか重いとか言われますが…。

自分は涙がポロッと、穏やかな軽い気持ちになりました。

為になる親切な説明も住職様からしていただけます。

一緒に行った子どもたちも興味津々で「神さまはじめまして」と挨拶してました。

300年近く前の人と対面している不思議な感覚におそわれました。

また仏像の数も半端ないですし、公式パンフレットの表紙になっている私(酉年)の守護神の不動明王には本当に感動しました。

お守りも御朱印もいただきました。

公式パンフレットには不動明王!!こんなの見たことあります??!

私の苦行ブロックは外れたのか?

結論は外れたと思います。

正確にいえば私の苦行を救ってくださったような気がします。

『楽しくのびのび生きていいんぞ!』そんな風に真如海上人様はおっしゃってくださったような気がしました。

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月夜の晩に天狗たちが相撲をして遊んでいたとされる天狗岩を眺め、自分のラッキーフードの玉こんにゃく食べながら帰りました。

公式はこちらから

葬祭ディレクター試験と藤崎えびす神社について

9月5日は仙台で葬祭ディレクター試験でした。

私は2級を受けました。

いや〜緊張感すごかった!

職場の同僚がいて心細くなかったのがせめてもの救いでした。

2級でこれだったら1級の人たちはもっと大変だと思ってましたが、以外に1級の方はリラックスしてますね。

いかにも葬儀屋って感じの雰囲気?がさすがです。

もともと北米などから見ると日本の葬儀業界は敷居が低く、ましてやプレニードなどの考えもまだまだないです。

少しでも日本の葬儀のレベルアップを考察し、生まれた資格が葬祭ディレクターです。

試験内容はあまり口外できませんが、実地試験と学科試験に別れ、葬儀に必要な知識と技術が問われる内容となってます。

お昼は同僚とあーだこーだ言いながら久しぶりに仙台の牛タン食べ、

一度行ってみたいと思った藤崎えびす神社へ!

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藤崎ビルの8階にある、藤崎えびす神社は兵庫県西宮市に鎮座する「西宮のおえびすさん」として親しまれ、崇敬されている西宮神社が総本社です

えびす様は七福神の一人として人気もありますね。

1819年に「得可壽屋(えびすや」という屋号で呉服店を始めた藤崎百貨店はその当時からえびす様をお店のシンボルとしお店の氏神様として崇拝してきたそうで、その後昭和7年に藤崎百貨店として大増築した際に西宮神社よりえびす様を勧請し、屋上に祀ったのが「藤崎えびす神社」の由来となっています。

この日は雲が綺麗でとても気持ち良かったです。

屋上でえびす様に見守られながらビアガーデン。

エビスビールを飲みながらなんとも縁起の良いことでしょうか。

諏訪神社と尾花沢花笠まつりについて

8月27日、28日は尾花沢花笠まつりでした。

花笠は山形花笠が有名ですが、

諸説ありますが発祥地は尾花沢と言われてます。

一応公式には・・・

徳良湖工事が行われ、その際に唄われた土搗き唄が「花笠音頭」の発祥とされ、

その土搗き唄に合わせて、笠を廻して即興で踊ったものが「花笠踊り」の原型。

と言われてますが、私は地域の鎮守神である諏訪神社も関係してると思います。

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諏訪神社は長野県の諏訪湖近くにある諏訪大社を総本社とし、諏訪大明神ともいわれる建御名方神(たけみなかた)とその妃・八坂刀売神(やさかとめのかみ)を御祭神とします。

27日は諏訪神社祭として、市内を廻る神輿渡御は江戸時代から続いており、その際に使われる祭囃子は最上川を介した交流の影響で京都の祇園囃子の流れを組んでいると考えられます。

京都の祇園といえば『祇園信仰』です。

祇園信仰と言えば牛頭天王(スサノオ)です。

牛頭天王は疫病神を振り払うため花笠を持って市中を練り歩いたとされ、それが祇園祭の起源と言われてます。

そして牛頭天王は尾花沢の新町に祀ってあります。

https://etesiteitiryuu.com/2018/07/24/地蔵菩薩について

尾花沢の花笠まつりの独特な笠回しは疫病神と闘った牛頭天王の姿ではないかと、祇園からの影響も感じるのは私だけではないはずです。

(あくまでも個人的見解です)

思えば『ヤッショ、マカショ』も独特な表現ですよね?

すごく祝詞っぽくもあり、仏教語っぽくないですか?どうですかね?

摩訶?とか般若心経?

何れにせよこの2日間天気は曇りでしたが、大雨にもならず本当に良かったです。

年に一度の地域のお祭りは子どもも大人もみんな笑顔が弾けてました。

こういった文化をずっと伝承していけたらいいなと思いました。

諏訪神社の神主さんの家には同級生がいまして、昔はよく境内で狛犬に跨ったり(失礼)遊んだものです。

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神社仏閣巡りについて

神社仏閣巡りでお参りの際はルール・マナーがあります。

初詣でやお盆など、

私なりのオリジナルも多々ありますが・・・参考までにどうぞ。

神社でのお参り


服装はあまりこだわりありませんが、

帽子やサングラスなどアクセサリーは基本的に外します。

鳥居がありましたら、礼をします。

「これからお邪魔します」と伝えます。

大事な方のお宅へお邪魔することイメージします。

軽く深呼吸して気持ちを落ち着かせます。

1秒でもいいので自分の存在を確認します。

石や雲や植物などの万物の一つであると思い込みます。

あるいはボソっと口にします。

「私は色んなご縁の下、人間というものをしてます」と。

写真を撮るとき、「大変失礼ですが勉強させてください」と一言呟いて撮ります。

結界の鳥居をくぐり、参道を歩きます。

よく参道の真ん中は神様の通り道で正中と言われてますが、

正式には神様の正面を指す言葉であり、

我々一般人が強く意識することもないそうです。

初詣で混んでいる時なんか真ん中避けるなんて無理ですもんね!?

そして手水を取ります。

手水の取り方

1・・・右手で柄杓を持ち汲んだ水を左手にかけます。

2・・・1と同じように持ち手を替え右手に水をかけます。

3・・・右手に柄杓を持ち替え、左手に水を受けて口を濯ぎます。(飲みません!!)

4・・・吐き出す時は左手で隠します。溜めている水盤には水は戻さず外側に流します。

5・・・左手を清めるために1と同じ所作をします。

6・・・使用した柄杓を立てて持った部分に水を垂らします。

7・・・使った柄杓は附せて置いておきます。

ご神前の前まできたらお賽銭を入れます。投げません!!

そして鈴を鳴らします。

大事な方のお宅の玄関のチャイムだとイメージしてます。

拝礼の仕方

1・・・2回深いお辞儀(拝・はい)をします。

2・・・2回音を鳴らす拍手「かしわ手」を打ちます。

(神社によっては4回の場合もあります)

ちなみに葬儀の際の拍手は音を立てない「しのび手」になります。

余談ですが私この「かしわ手」苦手でした。

なんか人の目ばかり気にして必死で恥ずかしいと思い込んでいたからです。

拍手を打つ際は右手を少し手前にズラし、

ドラムの両シンバルを叩くらい腕を広げて叩きます。

3・・・そしてそのまま合掌のポーズをしながら、自分が何者か名乗ります。

『住所氏名年齢』まではっきり名乗ります。

そして参拝出来たことに感謝します。

私は願い事は基本しませんが『はらいたまえ きよめたまえ』と唱えている時は、

何故か必ず家族の顔が脳裏に浮かんでいますね。

(神様も願い事を聞きたいそうなので、胸の内から溢れる願い事の話をします。)

4・・・最後にもう一度深いお辞儀をします。

ここまでが俗に言う二礼二拍手一礼です

帰る際にもう一度軽いお辞儀(深揖・しんゆう)をします。

その他こだわり

※本殿・ご神体は写真に撮りません。

※お賽銭は100円×家族分と決めてます。

※神社内にある文字という文字を読みます。

こんなとこです。

以上神社参りでした。

もちろんお宮参りなど大切な日はまた作法も違います・・・勉強します!!

寺参りはまた後で公開します。

最近は神社仏閣巡りのためか!?運が良く、

こんな父の姿も家族は楽しんでくれてるような気がしてます。

写真は青森市にある浦町神明宮です。

御祭神は太陽の神「天照大神」です。

高天原たかあまはら神留かむづます」と唱えましょう!!

柳田国男と遠野物語と河童について

葬儀業界では必ず名前上がる柳田国男。

現在の遠野市も含め各地でまとめた葬送習俗辞典は業界必読書です。

さてねぶた祭りの青森からの帰り、

あいにくの雨でしたが、

妖怪の3大聖地!?伝承園に行きました。

受付16時30分まで、着いたのが16時45分・・・?

妖怪の仕業だ!ミスった!

遠くから眺めた景色は昔のゲゲゲの鬼太郎の雰囲気でした。

遠野産ホップを横目に、

目的はカッパに会うことでしたので、

常堅寺のカッパ淵まで猛ダッシュ(5時まで)しました。

曹洞宗のお寺さまです。

今まで見た山門でトップクラスに感動しました。

質実剛健な仁王像は東北地方所縁の円仁慈覚大師作と言われています。

私はまだ勉強中の身であるため見ただけでは時代や作りなどはわかりませんが、

学芸員のように造詣深くなりたいと思いました。

お釈迦さまの特徴を表した三十二相の足下安平立相の足型がハリウッドのチャイニーズシアターのようでした。(雨で写真撮っても見えなかったので割愛します)

すぐ脇にはカッパの狛犬がいました。

頭の皿がお賽銭箱となってました。

閻魔さまがいる十王堂です。

49日の旅にて35日目にお逢いできます。

本堂には今回お邪魔できませんでしたが、

いたる所お盆の準備がされてました。

お盆についてももっと勉強したいなぁ〜。

「河童 馬を川にひきこむいたずらに失敗したカッパは、おわびをして許され、母と子の守り神となりました。 常堅寺の火事のさいは頭の皿から水を吹き出して消しとめ、今でも一対のカッパ狛犬として境内にその姿をとどめています。」

と記述してます。

イタズラ好きなカッパと言えば、キュウリが大好物です。

なぜキュウリが好物なのか色んな説がありますが・・・人間の・・・似てるとか。

水神様の仮のお姿とも言われるカッパのお供え物と言われてます。

遠野物語によれば遠野のカッパは顔が赤いそうです。

少し赤みありますね。

そして願掛けで母乳の出も良くなるそうです。

「エロガッパ」ってここからきてるのかな?

あるいは黄桜のCM

祠にはカッパの御神体とピースサインのおじさんの姿!?

見ていただきたいですが・・・。

個人的なルールとして出来るだけ本殿や本堂の中、

御神体や本尊は写真には撮らないようにしてます。

名人専用の釣り竿の先、

餌はキュウリでした。

雨が強くなってきて本当にカッパに遭遇したら大変なので引き返しました。

茂みの深い鳥居の先には稲荷堂がありました。

今回1時間の滞在でしたが、

今度は子ども達と一緒に行きたいと思いました。

まだまだ行きたい場所たくさんあり過ぎです。

個人的に聖地過ぎてタイムトラベルでした。

そして、

真面目な話、

遠野物語もそうですが昔話には性の話も多々あります。

妖怪と交わる女性達に

ジェンダーの名の下で虐げられてきた人類史を感じるのは私だけではないはずです。

久須志神社とねぶた祭りと自然霊と青森大空襲について

妻の実家の青森県青森市久須志の地名にもなっております久須志神社です。

御祭神は、

大名持命(オオナモチノミコト)・・・国作の神。

少彦命命(スクナヒコナノミコト)・・・医薬の神。

富士山の久須志神社と同じ、かつては薬師堂として崇敬されてましたが、廃仏毀釈により久須志神社の名前になりました。

久須志・・・薬師・・・くすりし・・・ネーミングはそんなとこでしょうか?

御神木が大切に保護されてます。

大火も空襲も見てきた神木ですね。

吉田流紙垂が垂れた立派な注連縄です。

神鏡は大人が両手広げたくらいの大きさがありました!

そして龍神宮と稲荷宮があります。

ちなみに龍神関係のスピリチュアル本は一昨年くらいからジワジワと。

外にも稲荷神祀っています。

こちら狐(犬!)可愛いですね。

自然霊で龍神の話少し出しましたが、今年から天狗族が活躍するそうな、、、。

久須志神社の近くで見つけた天狗の文字!?

そして青森市の観光物産館アスパムの前にある浄土宗の一念寺にいらっしゃる平和地蔵尊に合掌。

7月28日の夜にB29戦闘機はこの街に焼夷弾を降らせました。

今は古い建物はほとんど残っていません。

港町に届いた無差別空襲の警告ビラは市民には届いておらず、

当時の消化活動の低下を防ぐため、

避難することを禁じた「防空法」により犠牲になった方もたくさんいたことでしょう。

リンの混ざった焼夷弾の威力にバケツリレーでの消化活動など何の意味があったのでしょうか?

戦争の伝承者は減ってきましたが風化させないような取り組みを各地で感じますし、伝えようともしてます。

さて受け取る側です。

日本を代表するねぶた祭り、

ラッセラーの掛け声、

国際色豊かなハネト達、

焼け野原から復興に奮起した方々は、

今、この地に何を見るでしょうか?

地蔵菩薩について

私たちの身近、例え東京や大阪など大都会であっても地域の結界としては、道祖神として必ず存在しているお地蔵様。

ある時は六道を救済にあたる六地蔵として、ある時は弥勒菩薩の代わりとして、ある時は三途の河原で遊ぶ子どもたちのお世話として、またまたある時は笠を被せてくれたおじいさんを物理的幸福に導いてくださったり、

まさにマルチプレーヤーの活躍をしてるお地蔵様ですが、

正式名は地蔵菩薩。または地蔵尊。

7月24日は地蔵盆の縁日。

地元の地蔵さんの祭りに行ってきました。

尾花沢の新町では馬頭観音信仰があるみたいです。馬飼ってたのかなぁ。

花笠を持って厄病を振り払った牛頭大王が祀ってあります。

そして尾花沢は山形花笠の発祥地です。

繋がりました。

釈迦が説法した山と言われる、象頭山。薬師十二神将のこんぴら様。そしてお稲荷さん。

おそらくこの地域でかなりの神仏頼りしなくてはいけないくらいの飢饉や不幸があったのだと思いました。

そしてご開帳の地蔵尊。(写真は倫理的にNGと感じたので撮ってないです)

もしかして地蔵尊の隣にいる方は虚空蔵菩薩⁉︎不動明王でしょうか? ※観世音菩薩でした

虚空蔵菩薩は知恵の仏様です。

そういえば昔この場所は児童館だったと思います。納得しました。

改めて自分が生まれた地域の事を知ることができました。

お菓子のお護符も家族分いただきました。

合掌