神社仏閣巡りについて

神社仏閣巡りでお参りの際はルール・マナーがあります。

初詣でやお盆など、

私なりのオリジナルも多々ありますが・・・参考までにどうぞ。

神社でのお参り


服装はあまりこだわりありませんが、

帽子やサングラスなどアクセサリーは基本的に外します。

鳥居がありましたら、礼をします。

「これからお邪魔します」と伝えます。

大事な方のお宅へお邪魔することイメージします。

軽く深呼吸して気持ちを落ち着かせます。

1秒でもいいので自分の存在を確認します。

石や雲や植物などの万物の一つであると思い込みます。

あるいはボソっと口にします。

「私は色んなご縁の下、人間というものをしてます」と。

写真を撮るとき、「大変失礼ですが勉強させてください」と一言呟いて撮ります。

結界の鳥居をくぐり、参道を歩きます。

よく参道の真ん中は神様の通り道で正中と言われてますが、

正式には神様の正面を指す言葉であり、

我々一般人が強く意識することもないそうです。

初詣で混んでいる時なんか真ん中避けるなんて無理ですもんね!?

そして手水を取ります。

手水の取り方

1・・・右手で柄杓を持ち汲んだ水を左手にかけます。

2・・・1と同じように持ち手を替え右手に水をかけます。

3・・・右手に柄杓を持ち替え、左手に水を受けて口を濯ぎます。(飲みません!!)

4・・・吐き出す時は左手で隠します。溜めている水盤には水は戻さず外側に流します。

5・・・左手を清めるために1と同じ所作をします。

6・・・使用した柄杓を立てて持った部分に水を垂らします。

7・・・使った柄杓は附せて置いておきます。

ご神前の前まできたらお賽銭を入れます。投げません!!

そして鈴を鳴らします。

大事な方のお宅の玄関のチャイムだとイメージしてます。

拝礼の仕方

1・・・2回深いお辞儀(拝・はい)をします。

2・・・2回音を鳴らす拍手「かしわ手」を打ちます。

(神社によっては4回の場合もあります)

ちなみに葬儀の際の拍手は音を立てない「しのび手」になります。

余談ですが私この「かしわ手」苦手でした。

なんか人の目ばかり気にして必死で恥ずかしいと思い込んでいたからです。

拍手を打つ際は右手を少し手前にズラし、

ドラムの両シンバルを叩くらい腕を広げて叩きます。

3・・・そしてそのまま合掌のポーズをしながら、自分が何者か名乗ります。

『住所氏名年齢』まではっきり名乗ります。

そして参拝出来たことに感謝します。

私は願い事は基本しませんが『はらいたまえ きよめたまえ』と唱えている時は、

何故か必ず家族の顔が脳裏に浮かんでいますね。

(神様も願い事を聞きたいそうなので、胸の内から溢れる願い事の話をします。)

4・・・最後にもう一度深いお辞儀をします。

ここまでが俗に言う二礼二拍手一礼です

帰る際にもう一度軽いお辞儀(深揖・しんゆう)をします。

その他こだわり

※本殿・ご神体は写真に撮りません。

※お賽銭は100円×家族分と決めてます。

※神社内にある文字という文字を読みます。

こんなとこです。

以上神社参りでした。

もちろんお宮参りなど大切な日はまた作法も違います・・・勉強します!!

寺参りはまた後で公開します。

最近は神社仏閣巡りのためか!?運が良く、

こんな父の姿も家族は楽しんでくれてるような気がしてます。

写真は青森市にある浦町神明宮です。

御祭神は太陽の神「天照大神」です。

高天原たかあまはら神留かむづます」と唱えましょう!!

久須志神社とねぶた祭りと自然霊と青森大空襲について

妻の実家の青森県青森市久須志の地名にもなっております久須志神社です。

御祭神は、

大名持命(オオナモチノミコト)・・・国作の神。

少彦命命(スクナヒコナノミコト)・・・医薬の神。

富士山の久須志神社と同じ、かつては薬師堂として崇敬されてましたが、廃仏毀釈により久須志神社の名前になりました。

久須志・・・薬師・・・くすりし・・・ネーミングはそんなとこでしょうか?

御神木が大切に保護されてます。

大火も空襲も見てきた神木ですね。

吉田流紙垂が垂れた立派な注連縄です。

神鏡は大人が両手広げたくらいの大きさがありました!

そして龍神宮と稲荷宮があります。

ちなみに龍神関係のスピリチュアル本は一昨年くらいからジワジワと。

外にも稲荷神祀っています。

こちら狐(犬!)可愛いですね。

自然霊で龍神の話少し出しましたが、今年から天狗族が活躍するそうな、、、。

久須志神社の近くで見つけた天狗の文字!?

そして青森市の観光物産館アスパムの前にある浄土宗の一念寺にいらっしゃる平和地蔵尊に合掌。

7月28日の夜にB29戦闘機はこの街に焼夷弾を降らせました。

今は古い建物はほとんど残っていません。

港町に届いた無差別空襲の警告ビラは市民には届いておらず、

当時の消化活動の低下を防ぐため、

避難することを禁じた「防空法」により犠牲になった方もたくさんいたことでしょう。

リンの混ざった焼夷弾の威力にバケツリレーでの消化活動など何の意味があったのでしょうか?

戦争の伝承者は減ってきましたが風化させないような取り組みを各地で感じますし、伝えようともしてます。

さて受け取る側です。

日本を代表するねぶた祭り、

ラッセラーの掛け声、

国際色豊かなハネト達、

焼け野原から復興に奮起した方々は、

今、この地に何を見るでしょうか?

最上三十三観音 25番(尾花沢)

松尾芭蕉が寝泊まりした市内では唯一の天台宗のお寺です。

「おくのほそ道」に関してはあまりにも有名ですので割愛します。

山門の金剛力士像は脚絆を装着してます。

とても個性的なお姿をしてます。

「涼しさを 我が宿にして ねまる也」

ねまるというのは方言で『寝る』ことを指します。

小学生のころ友達の家が近くにあったのでよく境内で遊んだものです。

中には千羽鶴がたくさんありました。

関東や関西や四国から色んな地域からの願掛けのお札があり信仰の厚さを感じました。

光背の綺麗な観音様です。

公式サイトはこちらから。

御本尊

聖観世音菩薩 慈覚大師 御作



御詠歌

おばなざは 
ほとけのみての

いとすすき
てに
とるからに 

ゆらぐたまのを

最上三十三観音 24番(上ノ畑)

最上三十三観音24番はおしんで有名な銀山温泉の入り口、

上柳渡度の薬師寺境内にあります。

3〜4年前に本堂の修理を終え、

何度かお邪魔したことありますが中は大変綺麗です。

山門は楼門形式(2階建て)となっております。

20180727_023443898_iOS

紫陽花がアクセントになってます。

地蔵尊がお持ちになる錫杖の回しがあります。

煩悩を打ち払うと言われてます。

度重なる火災にも負けず、

先人が守り抜いた観音様がいらっしゃいます。

明治維新前は銀山辺りには関所があり、

遠路はるばるの道程、

移りゆく時代を背にした大名や武士たちを、

どのような思いで見送られてきたことでしょうか。

20180727_023522681_iOS

観音様はこちらから覧ください。

御本尊

聖観世音菩薩 春日 御作



御詠歌

たなはしの

かみのはたより

ながむれば

あきのたおもて

ぼさつなりけり



御利益
諸願成就

怪談について

夏なので、怪談を少し違う視点から考えます。

私の中で怪談は落語や歌舞伎など伝統芸能にも伝授されし、不条理を描いた物語であると解釈してます。

小泉八雲がまとめた「耳なし芳一」なんて芳一は何も悪いことしてないですよね?

もちろん日本昔話のように自分のしたことは自分に返ってくるというような因果応報を示唆するような話もありますが。

不条理なことは恐怖ですね。

恐怖=逃亡+憤怒は人間の原始的な感情と言われてます。

世界中に数多の物語が存在し、近年では怪談話の世界大会まであります。

なぜ人はお金を支払ってまで恐怖を買いたいのか?

「恐怖を知って生を知る」とは、

ちょっと極端過ぎるか、、、?

思えば学校の怪談なんてずっと語り継がれてますが、

高度成長期に安く学校を買えたので流した噂ではないかとか、夜仕事をしたい先生達が早く生徒に帰ってもらうため流したなんても。

何年か前に学校でコックリさんなど集団パニックありましたね。

己自身のアイデンティティも定まらないまま、それこそイマジネーションは無限大の可能性を秘めた学生時代は、

条理を教える学校という共同体の中で、予定調和では収まらない何らかの人生の模索をしてたのかもしれません。

私も若い頃はこの手の話やお化け屋敷なんて大っ嫌いでした。

それが今や使命感の名の下、

一人で霊安室や通夜室で作業してます。

今まで幽霊やお化け見たことありますか?

よく聞かれますが。。。。。。

ご想像にお任せしますと伝えますが、

強いて言えば「生きてる人間の方が怖いですよ」とここでは記入しておきます。

いつか柳田国男の遠野物語を持参して岩手を旅したいです。

images.jpeg

地蔵菩薩について

私たちの身近、例え東京や大阪など大都会であっても地域の結界としては、道祖神として必ず存在しているお地蔵様。

ある時は六道を救済にあたる六地蔵として、ある時は弥勒菩薩の代わりとして、ある時は三途の河原で遊ぶ子どもたちのお世話として、またまたある時は笠を被せてくれたおじいさんを物理的幸福に導いてくださったり、

まさにマルチプレーヤーの活躍をしてるお地蔵様ですが、

正式名は地蔵菩薩。または地蔵尊。

7月24日は地蔵盆の縁日。

地元の地蔵さんの祭りに行ってきました。

尾花沢の新町では馬頭観音信仰があるみたいです。馬飼ってたのかなぁ。

花笠を持って厄病を振り払った牛頭大王が祀ってあります。

そして尾花沢は山形花笠の発祥地です。

繋がりました。

釈迦が説法した山と言われる、象頭山。薬師十二神将のこんぴら様。そしてお稲荷さん。

おそらくこの地域でかなりの神仏頼りしなくてはいけないくらいの飢饉や不幸があったのだと思いました。

そしてご開帳の地蔵尊。(写真は倫理的にNGと感じたので撮ってないです)

もしかして地蔵尊の隣にいる方は虚空蔵菩薩⁉︎不動明王でしょうか? ※観世音菩薩でした

虚空蔵菩薩は知恵の仏様です。

そういえば昔この場所は児童館だったと思います。納得しました。

改めて自分が生まれた地域の事を知ることができました。

お菓子のお護符も家族分いただきました。

合掌

最上三十三観音 30番(丹生村)

空海の足跡を辿る四国八十八箇所のお遍路が有名ですが、

山形にもあります。

置賜、庄内、最上三十三観音巡りです。

記述は室町時代からと大変古いです。

巡礼の目的はみなさんそれぞれありますが、基本的には安楽のためだと思います。

第一番は天童から始まるのですが、

実は大石田、尾花沢で約3分の1は巡礼可能です。

昔は最上川の中心として栄えたのは山形ではなく大石田だったことがわかります。

さて、時間を作って足を運んでみます。

本来なら一番札所から巡るべきなのですか。。。

いきなり三十番!!

尾花沢の丹生にあります。

私の父方の母は丹生の人で、

私の菩提寺は丹生の曹洞宗巣林寺です。

35度の猛暑の中、蝉の声がこだましてます。虫除けのはずのはっか油スプレーに蜂がよってきます。

湯殿山の岩に挿す木漏れ日は夏仕様です。神仏習合ですね。

実は最上三十三観音も明治時代の廃仏毀釈(仏を壊せ!寺院を潰せ!という動き)によりかなりやられたそうです。

みなさんの祈祷の札が信仰の厚さを物語っています。詳しい説明は公式サイトからどうぞ。

御本尊
聖観世音菩薩 弘法大師 御作

御詠歌
あなたふと
みちびきたまへ
にうむらの
くわんぜおんにぞ
はこぶあゆみを

御利益
諸願成就