葬式は要らないのか?

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〜いっしんちょうらいまんとくえんまん〜

目次

1、葬式とは?

2、生の役割?死の役割?

3、生死について学ぶ書籍

4、葬式は要るのか?

1、葬式とは?

葬式(葬儀)とは、一般的にお通夜と告別式の2日間にわたって行われるお別れの儀式です。

  • お通夜は、近親者が絶えず火を灯し(寝ずの番)、故人と別れをしのぶ儀式のことで、親しい友人なども弔問に訪れます。
  • 告別式は、お通夜の翌日に行われる儀式で、一般の方が多く参加します。

しかし、時代と共に葬儀の形は変化しました。都内などでは夜に弔問するお通夜が主流となりました。これは、日中の告別式に参加できない方が増えてきたからです。また、この2日間の葬式は、地域によっても異なります。私が納棺師をしていた山形県は骨葬の文化が根強く、告別式では遺骨に焼香します。

骨になった

県外から山形県に来られる方で、「骨に線香をあげにきたのではない!!」とクレームになるケースもあります。「最後に顔を見たかったのに、、、遺影になった、、、」と哀しむ方もいます。

葬儀に参列する際には、その土地の習慣や風土をしっかり把握します。弔問にお越しになる方にはトラブル回避のため、どのような形式か説明する必要があります。

ただし、あれもこれも手続きのある喪主には難儀な話です。

葬儀屋に、注意書きや詳細を記入した「お知らせ」を作成してもらい、FAXで送信してもらうのも手です。

葬儀に関しての知識は、みなバラバラですが、誰にでも100%死は訪れます。

2、生の役割?死の役割?

仕事柄たくさんの方の最期のお世話をさせていただきました。そこで感じたことは、死生感と生死感(しょうじかん)の違いでした。具体的に言えば、仏教の考えを好きになり、その後の自分の人生に採用するきっかけになりました。

ここで考えるのは、刹那の生死です。

胎児は母のお腹の中で、生の時間が始まります。そして時間軸の概念では、0.0013秒前の自分はいなくなります。その0.0014秒には新しい自分が存在してます。

 

このように、死滅を繰り返すとされるのが刹那の生死です。ここで注目すべきは、視点です。つまり死から始まる生なのか?生から始まる死なのか?言い換えれば死から見る生なのか?死から見る生なのか?

どっちでもいいようだが、木を見ているか森を見ているかで大きく視点は変わってきます。

視点で生き方、人生は大きく変わることを学びました。

3、生死について学ぶ書籍

『視点で生き方は変わる』、そこに気付いたあとは、産み出されたもの(書籍など)に注目しました。不思議とその時の自分のテーマに合致してきます。

・「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義

結論からいえば、「死とはなんでもない」というシェリー先生の答え。哲学的だが死から生をしっかり見据えた名著である。

・親鸞

謎多き親鸞の一生を追体験できる。暗闇から見つけた弥陀の光にただ手をあわせるだけ。

・神様の休日

震災の話だが、実話である。2児の父として鳥肌が立つほど泣きました。

どれも生と死について深く考えさせられました。

4、葬式は要るのか?

葬式はいらないのか?

僕の生死感ではっきり言えることは、葬式は要ります。葬式は文化であると同時に、大切な人との別れの儀式です。学んだ「視点」で言えば、あなたという森の中に、私たちが共に生き、暮らした木があります。

最後にこの「木」にをしっかりフォーカスし、感情を感じきらないと、記憶のフレームはぼやけてきます。

葬式は記憶のフレーム作りをしてくれる儀式である。

それが僕が納棺師をしながら学んだことです。

この度の台風19号の影響で、お亡くなりになった故人様、御家族の皆様方。

ご心痛のほどお察しいたします。心からお悔やみ申し上げます。

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